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キルタイム・ショートショート バラエティ

建国記念日/The "A" of ABC (15/12/31)

 林立する無機質な高層ビルディング。そこはおよそ生活感とはかけ離れた白い街だった。
 勿論、住人は多くいる。皆一様に生気がなく、青白いというよりもむしろ青ざめたかのよう
な表情をしている。作りもの染みた街の動くオブジェだ。
 本質的にこの街に生きた人間はいない。箱庭の街。いや、箱で出来た街。その中身は限りな
く空虚だった。
 首都であるこの街のありようは、この国のありようをそのまま表していた。
 女が一人歩いている。黒い出で立ちが、女を白い人通りから浮き上がらせていた。真っ赤な
ルージュが殊更に女の生を強調している。
 空っぽの箱にも裏側はある。ビルディングの隙間に路地があった。意図的にそう仕組まれ、
影になった小道。人の意識に留まらない場所。黒い女が目指すのはそこだった。
 裏路地には看板のない店があった。清潔な箱の街に似つかわしくない廃墟同然の小さな建物
だ。
 黒い女はそこが「何でも屋」であることを知っている。ただの便利屋ではない。文字通りに
あらゆる物を扱う店だ。
 何でも屋の中は店構えと同様に雑然として荒れ放題だった。覇気のない店員が黒い女を迎え
た。
「ケーキを用意して欲しいのだけど」
 開口一番そう言った。
 店番の男は「はあ」とやる気なく返した。億劫そうに店内を見回す。埃が積もっていない箇
所などないし、ネズミの通り道でない場所もない。無菌の食べ物など望むべくもない。もしそ
んな物があるとすれば、それは陳列される傍から胃に収まっていくはずだ。
 幾通りかの受け答えが脳裏を過ぎるが、最後に残ったのは店舗の掲げる「何でも屋」の名称
だった。
「そりゃ、うちは言われればなんでも揃えますがね。そういうのは表通りの洋菓子店に行かれ
た方が」
「面白みのない工場製品は嫌なの。軽薄な白も」
 そう女は切って捨てた。その二つはこの街そのものと言って良かった。街由来でない物を女
が求めている。
「砂糖を与えられて満足する気はないの。その甘味が毒とも知らず、人間を腐らせる。そうね、
爽やかな見た目がいいわ。黄色なんてどうかしら。
 鮮やかで、美味しそうじゃない? 黄色いケーキ」
 返答は一切聞かず、捲し立てた。冷徹とまで思える言葉選びに反して、端々になんらかの熱
が感じられた。
「黄色……」
 鸚鵡返しにそれだけ呟く。面倒な客を引き当てて、渋い顔をしていた店員の表情が変わった。
弛んだ表情に微かに緊張が宿る。目には理解の色があった。
「イエローケーキ、ですか……まあ、それでしたらご用意出来るでしょう」
「余計な梱包や包装はいらないわ。開けたらすぐに楽しめるように」
「量はいかほど?」
「20kg。うんと詰めて」
「それはそれは……」
 店員が目を回す。イエローケーキ、20kg。思わず引きつり笑いが浮かんだ。言うのは容易い
が、その数値に秘められた熱量は尋常ではない。
「随分盛大な催しのようで」
「そうよ。この国の誕生日を祝うのよ」
 男は手元の発注書に注文を書き付けながら、建国記念日がいつだったか思い出そうとした。
必要事項を全て書き終えるまで考えても、数ヶ月先まで思い当たる日にちはなかった。
「一ヶ月後にお渡し出来ます」
 まさか大荷物を女に取りに来させるわけにもいかない。引き渡しは当然配達ということにな
る。女が書いた住所は一番地、街の中枢にあたる区画だった。
「いい日になるといいですね」
 男は紋切り型に言った。
「ええ。本当に」
 その時になって初めて、黒い女は笑った。
 心の底からの言葉だった。

 一ヶ月後、この国は滅んだ。


『建国記念日/The "A" of ABC』了


付記:
イエローケーキ……ウラン粉末
ABC……ABC兵器、Atomic(原子)、Biological(生物)、Chemical(化学)
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